【ごはん記録】32日目
あさごはん
フロマージュブランのせパンハスカップのジャム
チャイ
きょうは大雨。
だから予定どおりやすみ。
雨が窓をうつ音よいよい。屋根から滴ってできたちいさな水たまりをうつ雨の音も。
わたしのなかもたくさん雨がふっている。
思う存分きょうも降らせるままにしようとおもう。
くるしいことを自分でくるしいって、沸き起こるままにちゃんと傷つかないとだめだ。自然をマネないとだめになる。流れるままにする。
流れる、というのはひとの意見に流されるというのではなくて、自分の感情とこころの動きに従順になること。
流れるままに動かないこと、わたしはしたくはないことなんだけども、でも部屋からみえる桜の木をみてたら、いまは動かずにいることもそれでいいのだとおもった。
たちどまっているようにみえて、目をこらせばたくさん変化がある。
風が吹いて木々を揺らし、鳥が枝にたちどまって歌をうたって、虫は葉を這い、散歩中の猫が幹でツメをとぎ、キツネが木の根におしっこしてる。幹の根元には、いつの間にかいちご苗が野生化して根をはってた。
自分が動くからまわりの景色も動くのではなくて、自分をとりまくすべてのことはいつも変化している。遠くへいくからいいってことでもないんだ。
あしもとをよくみなさいって言われてる気がした。
停滞こそじつはものすごくめまぐるしく景色は変わっているのだとおもう。
はやく動いたらまわりの景色みえないものね。
1歩もそこから動いていない木々たちのほうが、いろんな生き物たちの旅のはなしを聴いているからものしりだよ。
このごはん記録もそうだ。
どんなにこころが絶望的でたちどまっていても、からだはせっせとうごいて生きてる。
ずいぶんといろんな食べものたちが寄り添っていたんだなあって。
見返すとほんとうたくさんのものたちがわたしのなかをとおって、また土に還ってったんだな。
すべてのものは土に還って蒸発して空気中を漂い、雲になってまた雨になる。
この地球でいつもぐるぐるしてる。どこにも行ってない。いろんなひとのうんこが漂っているきぶん。
ん?
なんか書くままにかいたらとんでもないとこまで思考がイってた。
すこしきもち晴れたな。このへんにしとこう……
とにかくごはん記録みてたら、ひとりじゃないってきもちになる。記録つけてよかった。
ひるごはん
野菜炒め
金時豆ごはん
赤ダイコン、ビーツ、アスパラ、いりたまご、トマト。
ビーツは皮むくと色と栄養逃げちゃうから、まるごと煮てからつかうってウィキペディアさま。
そのまま使っちゃったよ。おかげですごく色がでてしまう。だから別で炒めた。
ものすごく色鮮やか。きれいないろだから、炒めるよりスープのがよかったな。
そういえばまえに、ビート畑の雑草とりのとき、あまりにもいろが具合悪そうなビートがあったから突然変異だとおもって雑草と一緒にひっこぬいてしまったことがあった。
きいてみたら、先祖返りしたビートだって。
まれにまっしろなビートたちにまぎれて、まっかなビートになってることがあるみたい。先祖返りということは本来まっかないろがビート。白いのしかみたことなかった。北海道はそこらへん中の畑にうわってるから。
砂糖としてではなく食べるのははじめてだったんだけど、かためのカブをあまくしたかんじ。すこし土くさいような独特の風味があるな。
ばんごはん、いらなかったのだけど、いまこれ書いてておなかすいてきたからそばを茹でてくる。
ばんごはん
かんたんにお蕎麦
おせきはんむすび
醤油、みりん、酒、粉末だしにネギいれてつゆつくる。さいごにタマゴといていれる。
沸騰しているところに高さつけていれたらつゆが濁らすきれいにタマゴがふんわりする気がする。